今回は、社員のリストカットの問題への職場の対応方法について、3つの事例を用いて解説していきます。
リストカットの問題だけにとどまらず、職場で起きるメンタルヘルス関連の問題に活用できますので、ぜひ読んでみてください。
まず、考えてみましょう。
もしも自分の部下や同僚がリストカットをしていることがわかったら、どんな気持ちになりますか?
「リストカットって、いわゆるメンタルヘルス問題ですよね。産業医面談受けさせるとか、精神科に行かせるとかした方がいいですか?」
「無理に仕事を頼んだりして、死んでしまうことはないですか?」
「もしかして、なにかアピールしてるとか??」
これらは、実際に私が管理職の方から受けた質問です。
リストカットはどうしても得体の知れない怖いイメージを持たれてしまうのですが、実際はどうなのでしょうか。具体的な対応方法を解説する前に、まずはリストカットについての理解を深めていただくため、基本的なお話をします。
※ブログ執筆者 AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは こちら
目次
リストカットは、「ストレスを緩和するための行為」
自傷行為と聞くと、「自殺願望がある」というイメージを持つ方は少なくないと思いますが、実は真逆です。
リストカットをする人のほとんどが、苦痛、辛さ、怒りなど、一人では抱えきれないほどのストレスを一時的に緩和するために行います。
以下のような、「良くないとはわかっていても、やめられない習慣」はあなたにもありませんか?
良くないとはわかっているんですけどね。どうしても仕事でイライラすると、飲みすぎちゃうんですよ。いつもはビール2~3本でやめているんですけど、特に社長からきつく言われた時は、飲まないと眠れないくらい辛いんです。先週もビールを3本飲んだ後、ワインを1本空けてしまい、さすがに妻に叱られました。
この3か月くらい、出張が増えてビジネスホテルに泊まることが増えました。出張自体もとてもストレスなんですけど、ビジネスホテルでの生活も本当に辛くて。ストレスを解消できなくて、それで、寝る前にスナック菓子を大量に食べる習慣がついてしまいました。良くないとはわかっているんですけど、気持ちをリセットするためには食べないとダメなんです。でも、お菓子ばかり食べるから体調は悪いし、体重は増えるしで、本当に困っています。
この前、久々に実家に帰って一泊したんです。でも、相変わらず両親は喧嘩してるし、母親はここぞとばかりに父親の文句を私にずっと言ってくるしで、本当に最悪でした。辛くて悲しくて、その日は親が寝静まるのを待ってから、こっそりリストカットしちゃいました。どうしてもやらないと気が済まなくて。やっぱり実家に帰っちゃいけないですね。
このように並べてみるとわかりやすいかと思います。
アルコール、食事、インターネット、ギャンブル、買い物、ゲーム、性行為、運動、趣味など、ストレスをリセットするための習慣は人それぞれだと思いますが、リストカットもその中の一つと捉えてください。
「どうしてわざわざ自分を傷つけるようなことするの?それで気持ちが楽になるの?」と疑問を持つと思いますが、自分を傷つけることで脳内麻薬が分泌され、辛さが和らぐと言われています。
お酒と一緒で、癖になりやすいということです。
さらに、「自傷行為を始めた時期は中高生が圧倒的に多い」「中高生の約1割が刃物で故意に自らの体を傷つけた経験をしている」というのも特徴的です。(※参考:日本自傷リストカット支援協会)
大人になればお酒を飲んだり買い物をしたりするなど、ストレスを発散する手段はたくさんありますが、中高生となると手段は限られてしまいますよね。
その時に「リストカットをすると気持ちが楽になるらしいよ」などという情報を得て、試してみてそれが癖になり、大人になっても続くというケースは珍しくありません。
ここまで読んでいただくとわかると思いますが、「リストカット」=「メンタルヘルス問題・精神疾患」ではありません。
つまり、社員がリストカットをしているという事実だけで「大変だ!」と慌てる必要はないのです。
一方で、「良くないとわかってはいるけど自傷行為をしてしまう」ほどにストレスのコントロールがうまくいっていない、または性格的にストレスを抱え込みやすいなどの問題を抱えている可能性があることも事実です。
状況や関係性などによりますが、大慌てするほどではないけれど、管理職としては心にとめて見守る必要がある問題、とご理解ください。
なお、ここから実際に管理職から寄せられた3つの相談について対応方法を解説させていただきますが、読む方の立場によっては「リストカットを軽視している!」などと思うかもしれません。
ただ、このブログはあくまでも「職場でとるべき現実的な対応」「職場としてできること」を切り口に管理職や人事担当者向けに解説していますので、ご理解の上で読み進めていただければと思います。
ケース①「部下のリストカットの傷跡を目撃してしまいました…」
実はこの前、職場のトイレで部下のリストカットの傷跡を目撃してしまったんです。いつも長袖を着ているので気づかなかったんですけど、たまたま袖をまくっているところに遭遇しました。左腕に複数の傷があって、びっくりしちゃって…。
その子は、私に見られたことはおそらく気づいていないと思います。特に慌ててる様子もなくて、その後も普通です。仕事は全く問題なくて、体調が悪いとか、精神科に通院しているとかは聞いたこともありません。いつも明るくてまじめな子なんですよ。
これって、このままで大丈夫なんですかね?上司として、私は何か対応する必要があるんでしょうか。困っていることがあるなら助けてあげたいし、でも彼女は傷跡を隠したいわけですから、このまま知らないことにしてあげるべきなんじゃないかと思って…。私なら隠し通したいですしね。
どうしたらいいでしょうか…
これは本当にびっくりするシチュエーションで、どう対応すべきか悩むのはとても自然なことでしょう。
困っているなら力になってあげたい思いの一方で、傷跡を隠している部下の気持ちを想像すると声をかけづらいのは当然のことです。本当に悩ましいですね。
このような状況は、もちろん上司と部下の関係性に寄って対応は変わってくるものだと思いますが、ここでは「職場としての適切な対応」について解説していきます。
原則は「業務を行う上で支障がある問題」を扱う。
このような時に意識してほしいことは、「職場で業務を遂行していく上で支障になっている問題は何か」ということです。
例えば、リモートワークの人が足を骨折した場合、通勤も客先訪問もなく、ただ自宅で作業をするだけで済む仕事であれば「業務を遂行する上での支障はない」ということになります。
一方で、毎日職場に出社し、さらに客先訪問も頻繁にある社員の場合は、骨折は業務の遂行に大きな支障を及ぼします。
「部下が怪我をしてしばらく動けないから、客先訪問を私が変わってるんですよ。だからしばらく忙しくて大変です」
このように、怪我をしたことで業務に支障が出るので、職場が困ってしまうのです。
(言い方を変えると)業務に支障が出るからこそ骨折が問題になり、職場としても「早く通常の業務ができるように、きちんと治療してほしい」と言うことになりますよね。
ここまで説明すればわかると思いますが、問題なのは「骨折」ではなく、「骨折により業務の遂行に支障が及ぶこと」なのです。
「リストカットの傷跡を隠していること」で、業務に及ぼす影響とは?
では、今回のケースについては、職場はどのように考えるべきでしょうか。
・リストカットの傷跡がある。
・普段は隠して仕事をしている。
・仕事は普通にこなしており、特に問題ない。
客観的な事実を並べてみると、業務に支障はないとわかると思います。
つまり、今回の問題について、職場が特別な対応をする必要はありません。「見守る」程度で充分です。
ケース②「傷跡がはっきり見える状態で働いている部下がいます」
中途採用で半年前に入社した社員なんですが、リストカットの傷跡が複数あるんですよ。長袖の季節はわからなかったんですけど、半袖になってからはっきり見えるんです。過去の傷ばかりですけど、二か月前に新しい傷跡ができました。ちょうどその時、彼女の担当する仕事でミスが続いたので、リーダーが細かく点検するようになったんですね。
彼女は物静かであまり自分の話をしない子です。とはいえ、仕事に必要なコミュニケーションは取れるし、忘年会にもちゃんと来てました。ミスも一時期よりは減りましたが、波がありますね。
それにしても、あの傷跡はちょっと…。うちの職場では今までこんなことはなかったから、彼女が半袖になってから、みんな恐る恐る接していますよ。リーダーも「ミスを指摘して傷が増えたら怖い」「あの傷跡では来客の案内にも出せない」と言っています。部門長として彼女と話をしてみようと思いますが、どういう対応が適切なのでしょうか…
これまた大変悩ましい問題です。
傷跡を隠さないのも不可解ですし、「上司が細かく仕事を点検するようになったことがリストカットのきっかけになった可能性」を考えると、踏み込んだ対応をするにも躊躇してしまいますよね。
ここから、対応を解説していきます。
「傷跡が見えている」ことで支障を及ぼす業務上の問題は何か。
まず、今回職場が最も困っている問題は、ミスではなく「リストカットの傷跡」です。
①のケースと違うところは、「リストカットの傷跡が見えた状態で仕事をしていること」になります。
それでは、今回のケースではどんなことが業務を行う上で支障となっているのでしょうか。整理していきましょう。
・複数の傷跡が見えていて、誰の目から見ても明らかにわかる状態である。
・周囲の社員が怖がっていて、コミュニケーションに支障が出ている。
・傷跡があるために、来客対応を任せられない。
・リストカットのきっかけになることを恐れて、上司は通常の指導がしづらくなっている。
このように書き出してみると、リストカットの傷跡が業務の支障となっていることは明らかです。
顧客対応ができないことはもちろんのこと、さらに傷跡を隠さないことで周囲の社員に不快な思いをさせ、「職場の秩序を乱している」とみなすことができます。
まずは「服務の問題」と捉えて改善を求めていく必要があります。
「服務の問題」の改善を切り口に、メンタルヘルス問題へのアプローチを行う。
職場として本人に改善を求めるのは、「職場の秩序を乱す行為」です。
つまり、問題なのはリストカットではなく、「傷跡が見えた状態で働いていること」になります。
顧客対応を任せられないこと、そして傷跡が見えていることで周囲の社員が働きづらくなっていることなどを説明し、それらの問題を改善するために「傷跡を隠して働いてほしい」と明確に伝えます。(職場が何を求めているのかを具体的に伝えましょう)
その上で、リストカットに対する心配な気持ちを伝え、ストレスや健康面、仕事などで困っている問題はないのかなど、話を聞いていきましょう。
傷跡について、ずっと心配していました。私の印象では、ちょうどミスが増えてリーダーの点検が始まった時に新しい傷ができたように感じるんだけど、やはりストレスになりましたか?
困っている問題があれば改善できるように協力したいから、どんなことでも話してもらえないかな。
このようなイメージですが、リストカットの問題に踏み込むわけですから、当然ながら上司と部下の関係性もとても大切になってきます。
管理職は無理に一人で対応しようとせず、人事部門の担当者や産業保健スタッフなどと連携し、面談に同席してもらうなど、柔軟に対応していきましょう。
メンタルヘルス問題が疑われる場合のアプローチについては、以下のブログ記事を参考にしてください。
「傷跡を隠してくれたので、それで良しとして大丈夫ですか?」
彼女と面談して、その翌日から傷跡を隠してくれるようになりました。リストカットについては、どうも前の職場の時にストレスで始まって、それが癖になっているようです。傷跡を隠さないことについては、前の職場では注意されなかったらしいんですよ。それで大丈夫だと思っていたようで。「配慮が足りなかった」と謝罪されました。
メンタルヘルス問題については色々と聞いてみたんですけど「ストレスが溜まった時に切ってしまうだけなので大丈夫です」「ミスの指摘も普通にしてください」とのことでした。心配は心配ですけど、まあ本人が大丈夫だと言っているし、傷跡は隠してくれたし。確かにミスも減りましたしね。ひとまずこれで良しとして大丈夫ですかね。
今回は「服務の問題」を改善してもらうことが目的でしたので、この状況であればひとまず良しとして大丈夫でしょう。
あとは見守って、「困った時には相談してもらえる関係」を構築していければベストです。
今回は「服務の問題」でしたが、今後ミスが増えてきたときには、ミスを切り口に対応していくことになります。
その時もラインケアって何をするの?部下のメンタル不調に気づき、介入するための「3つのステップ」を参考に対応してください。
ケース③「仕事中にリストカットをしてしまう部下がいます!」
部下の一人が、仕事中にリストカットしてしまうようになりました。3か月前、急にパニックになって泣き出して、トイレにこもって出てこないのです。出てきてからゆっくり話したら、トイレでリストカットをしたと言うので、驚きました。
仕事はそこまで忙しいわけではないんです。彼女は抱え込みやすいところがあるので、元からうまくいかないとパニックになりやすいというか。仕事のストレスと、あとは同居している親との関係でも悩んでいるようで、そういうのが重なってのことらしいんですよ。
たった一度だけのことなら仕方ないんですけど、それから何度か同じようなことが続いているんです。精神科にはだいぶ前にかかったことがあるようなんですけど、先生がちゃんと話を聞いてくれなくてイヤになったとか、そんなことを言っています。別のところを受診するように伝えましたが、気が進まないようで。
それから、なんとかリストカットしないように気を遣って仕事を振っているので大変です。一昨日は朝から顔色が悪くて、声をかけたら「今日は切ってしまうかもしれません」と。その日の会議で議事録を頼もうと思ってたんですけど、仕方がないので他のメンバーに頼みました。
どうやってリストカットを防ぐべきかと思ってまして。声掛けや話の聞き方とか、本人の負担を減らす関わり方を教えてもらえませんか?
仕事中のリストカットというのはかなり衝撃的で、上司にとっては混乱間違いなしの出来事です。
一度ならず何度か繰り返していること、さらに「今日は切ってしまうかも」なんて言われたら本当にたまらないですよね。
ここから解説していきます。
産業保健スタッフや精神科などの専門家につなぐ。
まず、これまでの2つのケース同様、この社員が「職場で業務を遂行していく上で支障になっている問題は何か」を整理していきます。
・業務中にリストカットをすることがある。
・精神的に不安定で通常の業務をこなすことができない。
・「リストカットをしてしまうかもしれない」と申告することがあり、それに伴い大幅な業務負荷の軽減を行っている。
まず、業務中にリストカットをするというのは②と同様、職場の秩序を乱す行為であり「服務の問題」とみなすことができます。
また、「今日は切ってしまうかもしれない」と上司に訴えているわけですから、行動のコントロールが効かないほどに精神状態が悪化していることも明らかです。
「服務の問題」と「パフォーマンスの問題」をそれぞれ改善してもらう必要があり、その背景にメンタルヘルス問題が関連している可能性が高いとみなすのが通常でしょう。
つまり、それぞれの問題を早期に改善してもらうために、早急に専門家につなぐ必要があります。
社内に産業医やカウンセラー、保健師などの産業保健スタッフがいれば「まずは産業医面談を受けてみてください」などと伝え、専門家につなぎましょう。社内に専門家がいなければ精神科・心療内科への受診を促してください。
あくまでも私の意見ですが、業務中にリストカットを何度もしてしまう状態というのは、就労が可能な状態とは言えないのではないでしょうか。
職場の秩序を乱す行為を繰り返せば人間関係の悪化も避けられないでしょうから、まずは一旦休職させる方向で動くことが、本人にとっても周囲の社員にとっても良いのではないかと思います。
この辺りの職場の対応については、以下のブログ記事が役に立ちます。「アルコール問題」を「リストカット」に置き換えて読んでみてください。
「職場の責任」と「社員の責任」の境界線を守る。
もう一つ、このケースでの管理職の対応について、触れておかねばならない重要なポイントがあります。
どうやってリストカットを防ぐべきかと思ってまして。声掛けや話の聞き方とか、本人の負担を減らす関わり方を教えてもらえませんか?
ご相談者は、部下のことを思うとても優しい管理職だと思います。
部下のリストカットが起きないように、声のかけ方などを学ぼうという気持ちはとても大切です。
ただし、管理職として健康問題を理由に社員の業務負荷軽減などの対応を行う場合、当然ですが社員にも義務が生じます。
このケースでは、社員は心療内科の受診を拒んでいるようですが、これはおかしな話です。
健康問題を理由に業務負荷軽減等の措置を受けるわけですから、「速やかに適切な医療機関を受診し、診断書を提出する必要」があるのです。
「前に心療内科に行ったけど、話を聞いてもらえなかったので受診したくありません」で済む話ではありません。
また、この管理職の方は「リストカットをさせないための関わり方を教えてほしい」と言っていますが、本来は本人が「職場でリストカットをしてしまい困っています!」と専門家に相談すべき問題なのです。
このケースでは、社員が自分の役割を果たさない一方で、管理職が「社員が果たすべき役割」まで背負い込んでいることも大きな問題なのです。
「会社の役割・責任」と「社員の役割・責任」
ここの境界線をはき違えて対応してしまうと、社員は果たすべき役割を果たさず、職場に依存してしまうこともあります。
つまり、問題を改善するために必要な行動をとらず、それでいて業務負荷の軽減等の配慮を受け続けるという形です。
そのような状況が長く続くと、周囲の社員は当然ながら不満を感じますから、職場の秩序やモラルは大きく低下していきます。
管理職の方はくれぐれも問題を一人で抱え込まず、人事や産業保健スタッフと共有して対応していきましょう。
以下のブログ記事も参考にしてください。
ここまで、リストカットの問題について3つのケースの解説を行いました。
繰り返しになりますが、ポイントは「リストカットの事実ではなく、業務上支障になっている問題に焦点を当てる」ということです。ここの軸をぶらさずに対応していきましょう。
最後にご確認いただきたいこととしては、今回は実際に寄せられた相談事例を紹介しただけであり「リストカットをする人=問題を起こす人」ではありませんので、誤解なきようにお願い致します。
メンタルヘルス問題への対応については、他にも記事を書いておりますのでぜひ読んでみてください。
ご相談も、いつでもお待ちしております!
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