メンタルヘルス不調を抱える社員から、業務負荷の軽減などの配慮を求められる場面は、今や珍しいことではありません。
うつ病や適応障害といった診断名を聞くたびに、日々の業務を回さなければならない現場の責任者としては、「どこまで対応すべきか」と頭を悩ませてしまうのが本音ではないでしょうか。
しかし、中には一歩進んだ、より深刻で「重い」訴えに困り果てている職場もあります。
「希望の部署に異動させてくれないなら、死にたくなります」
「もし私が死ぬことがあったら、職場は責任をとれますか?」
このように、自らの命を盾にするかのような強い言葉を突きつけられ、身動きが取れなくなってしまうケースです。
「もし本当に何かあったらどうしよう……」「どこまで要求に応じることが正解なの?」「断って、万が一のことが起きたら……」
このように混乱してしまうのはとても自然なことです。
それでは、このような事態に直面したとき、職場としてどのような心構えを持ち、どう対応するのが適切なのでしょうか。
今回のブログでは、職場としての心構えと対応について解説していきます。
まずはある職場の人事担当者から寄せられた相談事例を紹介いたします。
※ブログ執筆者 AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは こちら
目次
彼は本当に死んでしまうんでしょうか? 会社はこのまま言いなりになるしかないのでしょうか……

実は、ある男性社員への対応で、職場全体が限界を迎えておりまして……。
彼は長く精神科に通院しているのですが、ここ1年ほど、何かあるとすぐに『死にたい』と口にするようになったんです。
去年のことですが、『チームのメンバーと合わないから異動させてほしい。このままだと死んでしまうかも』と訴えてきました。
さすがに命に関わることなら仕方ない……と判断して異動させたのですが、そこからエスカレートしてしまって。
今では『隣の席のAさんの声が気になるから、死にたくなります。席を変えてください』『死にたくなるから今週は在宅勤務にしてください』と、次々に要求が出てきます。
これまでは何とか聞き入れてきましたが、今度は期中にもかかわらず『また異動したい』と言い出したんです。
さすがに今は無理だと伝えたら、『最後の手段に訴えるかもしれない』『家族にも今の状況は話してある。もし私に何かあったら、職場が対応してくれなかったということになる』と、まるで脅すようなことまで言われまして……。
人事としては休職を勧めていますが、『休職はしたくない、異動さえできれば問題ないんだ』の一点張りです。
それどころか、『休職なんて言ってプレッシャーをかけないでください。もし症状が悪化したらどうするんですか』と詰め寄られる始末です。
社長は『もしものことがあったら責任が取れない、要求を飲むしかないだろう』と言っていますが、現場はもうボロボロです。
彼は本当に死んでしまうんでしょうか? 会社はこのまま、言いなりになり続けるしかないのでしょうか……
読み進めるだけで、とても大変な状況であることがわかります。
こうしたケースは、職場が誠実に寄り添おうとすればするほどに、巻き込まれて身動きが取れなくなってしまうことが多々あります。
では、会社はどこまで社員の要求に応じる必要があるのでしょうか。
そして、「死にたい」と訴えられた時にどう対応すべきなのか。
ここからは、職場としての原則的な考え方と、具体的な対応のステップについて解説していきます。
まずは「安全配慮義務」という基本の枠組みを確認する。
目の前の社員から「死にたい」と告げられたとき、どうしても「この人を死なせてはいけない」という個人的な恐怖や、パニックに近い感情に支配されてしまうものです。
だからこそ、「安全配慮義務」という法律上の基本的な枠組みに立ち返って考えてみることが大切です。
そもそも安全配慮義務とは、会社が社員に対して負っている「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(労働契約法第5条)」のことです。
ここでいう「必要な配慮」とは、何も特別な優遇をすることではありません。
社員が心身の健康を損なうことなく働けるように、会社として予測できるリスクを避け、適切な環境を整える責任を指します。
メンタルヘルスの問題を抱える社員への対応も、すべてはこの「安全配慮義務をどう全うするか」という土台から出発します。
「死なせないように」という個人の感情に飲み込まれるのではなく、まずは「職場として果たすべき法律上の義務は何なのか」という基本に立ち返ることが、何よりも大切なのです。
安全配慮義務を含め、職場でのメンタルヘルス対策に関する基礎知識をさらに詳しく知りたい方は、こちらの厚生労働省のポータルサイトも参考にしてください。
「死」という言葉を、安全配慮義務の視点で捉え直す。
「在宅勤務を認めてくれないなら、死にたくなってしまいます」
そんなふうに言われたら、誰でも驚いてしまいます。
「もし本当に死んでしまったらどうしよう」「自分の判断のせいで取り返しのつかないことになったら……」と、強い不安や恐怖に支配される。
これはとても自然なことです。
だからこそ、「本当に死んでしまうほどに具合が悪いのか?」「それともただの脅しなのでは?」というところがとても気になりますよね。
ただ、ここでも大事になるのが、「職場は安全配慮義務を果たす」という視点です。
本当に死にたいほど辛いのか、それとも言葉を武器にして職場をコントロールしようとしているのか。
こうした「目に見えないもの」を判断するのは無理ですし、それは職場の役割ではありません。
職場にできることは「目に見える客観的事実」で動く必要があるのです。
今、目の前にある事実は何でしょうか。
それは、「通常の業務遂行が困難であること」と、「特定の配慮がなければ死にたくなると本人が訴えていること」です。
「本人の要求に応じるのが正解か?」と悩むのではなく、考え方を変えてみましょう。
「配慮がないと死んでしまうと訴えているほど、状態の悪い社員がいる」
これが目に見える客観視事実です。
そうであるなら、それはもはや「在宅にするかどうか」という調整の段階ではありません。
「在宅勤務や異動、席替えなど、本人の望む環境を整えてあげないと死んでしまうかもしれない社員を働かせ続けるべきなのか?就労が可能なのか?」というシンプルな話になります。
これはあくまでも私の考えですが、環境が整わないと死んでしまうと訴えているということは、就労が可能な状態とは言えません。すぐに休職させるべきケースです。
「本当に死んでしまうのか?それとも脅し?」といったレベルで振り回される話ではありません。職場として、安全配慮義務を果たす。
これが、結果として会社と社員の双方を守る、唯一の道になるのです。
産業医・主治医の意見を仰ぐ。
「今の状態では働かせるのが危険かもしれない」と感じたとき、次に職場が取るべき行動はとてもシンプルです。
それは、会社だけで判断しようとせず、専門家の視点を入れることです。
具体的なステップを見ていきましょう。
①産業医面談の実施
職場に産業医がいれば、まずは産業医面談を設定してください。
産業医の役割は、医学的な見地から「今の業務に耐えられる健康状態かどうか(就労可否)」などを客観的に判断することです。
「死にたい」という訴えを繰り返す社員に対して、そのまま仕事を任せ続けても安全が確保できるのか。
職場の事情をよく理解している産業医に医学的な見解をもらうことは、会社が判断を下すための大きな支えになります。
②主治医との連携
次に、主治医の意見を確認します。
本人の同意を得たうえで、職場から意見書を提出する、または診察に同席するなどが効果的です。
職場での本人の状態、言動を正確に伝えた上で、就労可否の判断や治療の見通しなどを確認しましょう。
ここで押さえて頂きたいことは職場には「できること」と「できないこと」がある、ということです。
例えば、主治医から「当面は在宅勤務で様子を見ましょう」と言われたとします。
しかし、もし職場に在宅勤務の制度がない、あるいはその業務が在宅では成り立たないものであれば、対応は不可能です。
「うちは在宅勤務を認めていないので、それが条件なのであれば、今はまだ働ける状態ではないということですね。一度しっかり休職してください」
「在宅勤務を認めるにしても一か月が限度です。それでも改善しないようなら、休職になります」
このような判断になるのが、組織として、そして本人の安全を守るためにも自然な流れです。
主治医の言葉を「絶対に従わなければならない命令」と捉えるのではなく、職場の現実と照らし合わて判断する。
この視点が大切です。
「配慮」を求めるなら、本人にも「義務」が生じる。

本人に産業医面談や主治医との連携を打診したのですが、すべて断られてしまいました。
『今は不安定なので、そういう負担になることはやめてください』と言われてしまって……。本人が拒否している以上、これ以上は何も言えないのでしょうか?
せっかく会社として向き合おうとしているのに、扉を閉ざされてしまうと、手詰まりを感じてしまいますよね。
でも、ここで諦めてはいけません。
ここは職場であり、このような関係は明らかに「おかしい」のです。
本人が健康問題を理由に特別な配慮を求めているのですから、会社がその判断のために必要な情報を得ようとするのは当然です。
「配慮を求める権利」と「協力する義務」はセットであり、「特別な配慮はしてほしい。でも、その判断材料となる産業医面談などはしたくない(負担だからやめてほしい)」というのは理屈が通りません。
ここは、職場として毅然とした対応が必要になる重要な場面です。
もちろん断定はできませんが、もし本人が意図的に「死にたい」という言葉を使って職場をコントロールしようとしている場合、一見わがままに見える行動を取りがちです。
「死ぬと言えば、なんでも自分の要求が通る」ということを学んでしまった結果として、配慮を求める労働者側が当然果たすべき義務すらも拒むことがあります。
だからこそ、職場は感情的に反応するのではなく、淡々と正当な手続きを進めてください。
会社として「できること」と「できないこと」を明確に分け、ルールに沿って対応する。
この姿勢を貫き通すことです。
「健康状態を伝えること」と、「職場を脅すこと」は違う。
また、本人の体調不良の申告方法についても言及しておかなければなりません。
従業員として、職場に健康状態を正確に伝えることは大切です。
例えば、次のような言い方であれば、それは状況の報告として受け止めることができます。
「私の今の状態は、環境が変わらないとなると、死にたくなってしまうほどに体調が悪化しているんです。できれば在宅勤務を認めていただけると一時的にでも良くなりそうなのですが、いかがでしょうか」
このような言い方であれば、職場も「体調不良の申告」及び「環境調整の希望」として受けとめやすいはずです。
一方で、次のような言い方はマナー違反です。
「異動させてくれないなら、死ぬしかない」
「家族にも今の状態を伝えてある。もし何かあったら、職場が対応してくれなかったということになる」
これは、自分の要求を通すために相手を恐怖でコントロールしようとする「脅し」と受け取られてもおかしくありません。
いくら状態が悪くても、こうした不適切なコミュニケーションを許容してはいけません。

あなたの苦しさは理解しました。でも、『~してくれないなら死ぬ』という言い方は、脅しに聞こえます。それは職場の秩序を乱す行為ですので、今後は慎んでください。
このように、職場の秩序を乱すことなく相談ができるように指導すること。
「病気だから何を言ってもいい」として扱うのではなく、一人の社員として「適切なコミュニケーション」を求めること。
この姿勢がとても重要です。
「それでも、やっぱり本当に死んでしまわないか、心配です…」

おっしゃることはよくわかりました。でも、もし本当に死んでしまったら……と思うと怖くて……。社長もそこを一番気にしています。
産業医面談を強行したことが刺激になって、万が一のことが起きたらどう責任を取ればいいのか。本当に、死んでしまうことはありませんか?
そうですよね。その不安はとても自然な感情です。
どれだけ理屈を積み上げても、最後には「もしも」という恐怖が顔を出す。
「職場としての対応を淡々と」と言われても迷うのは当然ですし、その不安を抱くこと自体、職場が真摯に相手と向き合おうとしている証拠でもあります。
ですが、ここが職場として「試される最後の砦」なのです。
家族の悩みも、職場の悩みも、本質は同じ
これと同じような相談を、私はご家族からもよく受けます。例えば、ギャンブル依存症で借金を重ねた息子を持つお母様のケースです。

理屈ではわかっています。肩代わりをしてはいけないことも。でも、息子は『自己破産するくらいなら死んでやる』と言っています。もし本当になにかあったら、私は一生後悔します。息子は、本当に死なないでしょうか?
頭ではわかっている。
本人のためにならない甘やかしは、かえって事態を悪化させることも。
でも、死なれたら困る。怖い。心配。
これはもう理屈の問題ではなく、「恐怖や不安とどう付き合うか」という感情の問題です。
「不安」を分散し、組織で抱える。
家族の相談であれば、お母さん一人で抱え込まず、夫婦で、あるいは親族で不安を共有すること。
そしてカウンセリングを通じて、その揺れ動く気持ちを整理していくことが何より大切になります。
会社も全く同じです。
担当者や管理職を孤立させてはいけません。
孤立してしまうと、「万が一の恐怖」に飲み込まれて何も意思決定ができなくなります。
現場の管理職、人事、そして経営層など、チームで対応していきましょう。
また、専門家のコンサルティングやカウンセリングを受け、知恵を借りながら、組織としての意思決定を支えていく。
特に産業医がいない職場では、どうしてよいか分からずパニックになりがちです。
そんな時こそ、カウンセラーをチームに入れるという選択肢を検討してみてください。
一人で抱え込まず、専門家を頼りながらその不安と付き合っていく。
その積み重ねが、組織として適切な一歩を踏み出す力になるはずです。

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