2020年6月にパワハラ防止法(改正労働施策推進法)が施行され、職場のパワーハラスメント対策が義務化されました。
義務化は大企業が2020年6月から、そして中小企業については2022年4月からとされ、事実上すべての企業が対象となっています。
なお、2021年度の「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省)によれば、精神障害に関する支給決定件数(629件)のうち、パワーハラスメントによるものが最も多かったとされています。
認定率については、上司からのパワハラの認定率は51.7%、同僚からのパワハラの認定率は48.4%と、パワハラに起因する精神障害の労災認定は、比較的受けやすいことがわかります。
このように、今後は企業にとってパワハラはもはや他人事ではなく、パワハラが発生した際の対応はもちろんのこと、パワハラが発生しないような環境づくりに本腰で取り組んでいかなければなりません。
では、法律が施行されてから企業はどのように変わったのか?ということですが、パワハラ研修を行うなど、施策に沿った対応を行っているところもありますが、実際はほとんど何も手を付けていない企業が多いのかなという印象を受けます。
つい先月も、大手企業に勤める女性からパワハラ被害の相談を受けたのですが、「社内にパワハラ窓口があるので相談してみたんです。でも、話を聞いてくれるだけで全く何もしてくれませんでした。パワハラをしている部長が怖い人だから、人事担当者も怖がっていて対応したくないような感じでした…」と話していました。
これではパワハラはなくなるはずがありませんよね。
パワハラ被害を受けている社員が勇気を出して相談をしたのに、会社が何も対応をしてくれないというケースは、被害者にとって強い恨みに繋がりますので危険です。
パワハラがどんなにひどい内容でも、会社が被害者に寄り添って必要な対応を行えば、会社が恨まれるリスクは大きく減少します。逆に、会社が何も対応をしなかったり、下手にパワハラ行為者を守るような対応をしたりすると、恨みになり「会社をこらしめてやる!」と労災申請に動くリスクが上がります。
だからこそ、パワハラ被害を訴える社員への対応はしっかりと押さえておく必要があります。
今回の記事では、実際にパワーハラスメントの被害を訴える社員が出た際に、職場としてどのように対応をすべきなのか、その基本をまとめておりますので、ぜひ読んでみてください。
◆参考:職場におけるハラスメントの防止のために(厚生労働省)
目次
被害者が「なにを望んでいるのか」を確認する。
被害者からヒアリングを行う上で、当たり前のことですが最も大切なのは「話を聞く意識を持つこと」です。
基本的なことですが、人の話を聞く時は話を遮らず、相手の気持ちを想像しながら十分に耳を傾けましょう。
「え?なんか話が被害的じゃない?」「ちょっとネガティブに受け止めすぎてないかな…」
被害者の話を聞いていると、こんなふうに感じることもあるかもしれません。
ただ、ヒアリングはあくまでもヒアリングであり、管理職や人事担当者が個人の見解を語る場ではありません。
話を遮って「あなたにも問題がある」とか「どの会社に行ってもパワハラっぽい人はいるからね」といったことは決して言わないように注意しましょう。
まずは相手の話を最後まで聞き、内容や気持ちを理解することを意識しましょう。
その上で確認すべき最も大切なことは、「被害者が会社にどんな対応を望んでいるのか」を知ることです。
被害者によって、会社に対して望むことはそれぞれ違います。
- ただ話を聞いてもらえばそれでいい。
- 会社としてどのような対応をしてもらえるのかを知りたい。
- パワハラ行為者との接触を減らしたい。
- 異動させてほしい。
- 会社から行為者に注意してほしい。
- 行為者から謝罪してほしい。
このように、人によりニーズは様々ですから、まずはそこを確認することが重要です。
ここの確認をおろそかにすることでトラブルにつながることも実際あります。
本人は「まずは話を聞いてもらって、これからどうするかを少しずつ考えたい」と思っていたのに、会社から行為者にいきなり注意をしてしまうような対応がそれです。
結果として、被害者はより働きづらくなり、会社への不信感や恨みを募らせることにもつながりますので、十分に注意しましょう。
被害者からのヒアリングは、安全な場所で行うこと。
被害者からのヒアリングでは、主に以下のことを確認します。
- いつ、どこで、誰から、どんな被害にあったのか
- その被害により、どんな気持ちで過ごしているのか
- 目撃者はいるのか
- 体調など健康面への影響はあるのか
- 会社にどんな対応を望んでいるのか
その大前提として大事なのは、被害者が「安心して話ができる環境を整えること」です。
ヒアリングは、被害を具体的に確認するため、ハラスメントの詳細を語ってもらわなければなりません。
かなりデリケートな話になりますから、被害者本人が安心して話ができる環境づくりが本当に大切なのです。
言うまでもないことですが、人の出入りがなく、話し声が外に漏れることのない部屋を用意しましょう。
今なら在宅でオンラインで行うのも良い方法かもしれませんが、その時もイヤホンをつけて、周囲に声が漏れていないことが目に見えてわかるようにしてあげる配慮も大切です。
他に気をつけるべきこととして、セクハラの被害を訴える方には、必ず同性の人(女性が被害者なら女性)もヒアリングに同席させるなどの配慮が大切です。
男性の担当者が女性のセクハラ被害者に1対1でヒアリングをするというのは被害者にとっては負担が高いので気をつけましょう。(男女が逆の場合も同様)
安心して相談を続けられる環境を整える。
被害者に安心して相談を継続してもらうために特に必要なことは、次の二つです。
- 秘密を守ること
- 窓口を決めること
単純なことなのですが、これを怠ることでトラブルになりますので、注意してください。
例えば、もし人事担当者であるあなたがパワハラ被害の相談を受けた時に上司と共有したいと思ったら、そのことを必ず被害者に伝えて了承を得ましょう。
「とても大事な話だから、今聴いた話を全て部長とも共有したいと思うんだけど、大丈夫ですか?部長以外には絶対に話さないし、秘密は必ず守るから安心してください。今の時点で部長に伝えてほしくない内容があるなら、遠慮なく言ってください」
こうやって、秘密を守ること、情報を「誰に」「どこまで」共有するのかを明確にしておくことが大事です。
できるだけ具体的に決めておきましょう。
また、窓口を明確にしておくことで、情報がきちんと集約できます。
「人事部が窓口です」のような言い方よりも、「この問題は私が窓口になりますので、何かあれば私に言ってください」というふうに、「誰が」窓口なのかを絞っておくことが大切です。
パワハラについての情報収集を行う。
ヒアリングで社員の被害を確認したら、次に行うべきことは、他の社員からの証言を得ることです。
そのためにも、被害者に目撃者の有無を確認しましょう。
「あなたが嫌がらせを受けている場面を目撃している人はいますか?」
「他にも被害を受けている人がいたら教えてもらえませんか?」
このような聴き方で良いと思います。
目撃者がいる場合は、目撃者を中心に事実確認をしていくこと。
目撃者のみならず、いつも一緒に働いている人、関わりの多い人を中心に情報を集めます。
そこで得られた情報をもとに、ハラスメント行為があったのかどうかを、職場として判断していくことになります。
今回の「他の社員から証言を得る」ことについては、噂が広まるリスクがあるので特に注意が必要です。
「人事から呼び出されて、〇〇さんがパワハラしてないか質問されちゃった!」のように、噂が広まると大変です。
被害者も行為者も働きづらくなり、会社への不信感が一気に増します。
だからこそ、目撃者などにヒアリングをする際には、秘密を守ってもらえるようにきちんと協力を依頼しましょう。
それをせずに、聴きたいことだけ質問していておいて「何でもないから、気にしないで」みたいな中途半端な対応は絶対にNGです。不審がられ、すぐに噂になります。
加えて、当たり前のことですが、情報提供に協力してくれた社員のプライバシーも守ることを必ず伝えましょう。
行為者にフィードバックする際、「AさんもBさんもあなたが怒鳴っているのを見たと言っているよ」と個人名を出されたら、せっかく協力した社員はたまったものではありません。
そのことで新たなトラブルになりますし、以後何かあった時に協力してくれなくなります。
また、「あの人ってパワハラする?」みたいに、安易にパワハラという言葉を出すのもお勧めしません。
パワハラのヒアリングという噂が広まるリスクがありますし、加えて「パワハラ」「セクハラ」という言葉は抽象的で具体性を欠きます。
ヒアリングですから、具体的な事実を確認するべきです。
「〇〇さんが時々感情的になって部下を傷つけるようなことを言うという話を聴いたんだけど、人事としても心配だから事実確認をさせてほしいんですが」
「先週は『役立たず』とAさんに言っているのを見た人がいるらしいんですが、あなたはその場にいましたか?」
こんな風に、具体的な行動の事実を確認する質問をして、確実に情報を集めること。これが大切です。
パワハラ行為者への対応
被害者や目撃者からのヒアリングの結果、職場として「パワハラがあった」「行為者に注意して行動を改めてもらう必要がある」と判断した場合、当然ながら行為者本人と面談して話をする必要があります。
ここでは、行為者への面接時の注意点について説明します。
①パワハラの認識がない行為者の気持ちに配慮する。
まず、大前提として認識してもらいたいのが、「行為者本人にはパワハラの意識がない」「悪意がない」場合が多いということです。
「普通に指摘をしただけ。教育の一部」「自分だって若い時はこれくらいやられてきた」「そんなこと言われても、彼はほんとに雑だし、俺だって毎日大変なんだよ…」などと思っています。
だからこそ、ここで頭ごなしに行為者を叱責してしまうようなことがないように気をつけましょう。
行為者は、突然呼び出され、パワハラの話をされて困惑しています。
そこで一方的に「あなたのやったことはパワハラだ!」と責め立てられたら、反省して行動を改めてもらうどころか、会社や被害者への恨みを募らせるだけの結果になることもあるでしょう。
あくまでも目的は「行動を改めてもらうこと」です。
そのために、ここでも大切なのは「話を聞くこと」です。
一方的に断罪するのではなく、被害者や目撃者の証言に沿って事実を淡々と確認し、行為者の気持ちも十分に聞きましょう。
中には、行為者もメンタルヘルス問題などを抱えていて、頭ではわかっていてもついつい感情的になってしまうようなケースもあります。
そのような場合は、会社としても協力したいことを伝えて、今後のことを一緒に考えていくことが大切です。
本人の言い分は十分に聞きながらも、「あなたにそのつもりがなくても、この言動はパワハラに該当しますので、改めていただく必要があって、お話する時間を頂いています」と落ち着いて伝えていくことです。
また、被害者の希望に沿って配置転換などの対応をとる場合、または行為者に対して懲戒処分等の対応をとる場合も、職場の方針として落ち着いて明確に伝えましょう。
私個人の意見ですが、行為者の方との面談は、2回くらいに分けても良いように思っています。
その理由は、1回目の面談を終えてから少しインターバルを設けることで、行為者も気持ちの整理ができるからです。
いきなりパワハラ行為者だと言われてしまって、落ち着いて自分の気持ちを話せる人はほとんどいないと思います。
行為者の気持ちも大切にすることで、会社への逆恨みや、被害者への仕返しなどを防ぐことにもつながりますから、1回ですべて終えようとせず、じっくりと進める意識を持つと良いでしょう。
②やりとりの中で、行為者の考え方や行動パターンが確認できたら指摘する。
パワハラ加害者にありがちな行動や考えのパターンを挙げてみますので、該当するようであれば、これに沿って本人に注意を促すと良いと思います。
●「〇〇に値する」という考え方をする。
例:何度指摘しても同じミスを繰り返すから、怒鳴られて当然。(怒鳴られるに値する行動をしている、と考えて暴言を正当化する)
●自己主張が強くなりがちで、穏やかに指摘・注意をすることができない。
例:「なんでやってないんだ!」「何度言ったらわかるの?」と感情的に責め立てる。または無視をしたり、口調は丁寧でも表情や態度が明らかに苛立っている。
上記の二つの特徴に当てはまる人は無自覚にパワハラと受け取られる言動を繰り返すので、注意が必要です。
このような傾向が面談のやりとりの中でも見られたら、その場で指摘して改善を促すことが大切です。
例えば、「そんなこと言ったって、彼は私が忙しくしているのに全く気が利かないんですよ。それは怒りますよ」と言ったら、「全く気が利かない彼の問題は、指摘して改善を促すべきなのはわかります。でも、だからと言って感情的に責め立てていいことにはなりません。その考えを改めてください」と伝えましょう。
そして、その場で行為者があなたに感情的になったり、明らかに不満そうな態度でこちらに接するようなことがあったら、それも指摘するべきです。
「今、私はあなたがとても怖く感じます。改めて欲しいのはまさにこれなんです。不満なことや納得がいかないことがあったら、普通に伝えてください。感情的になる必要はないんですよ」
このようなイメージです。
上記については以下のブログでより詳しく説明していますので、ぜひ読んでみてください。
思い通りにならないと感情的になる部下には、「感情的になった事実」を問題にする。
③「被害の事実」を扱う。
大事なのは「パワハラがあった事実」だけでなく、「被害があった事実」です。
「あなたに叱責を受け続けたAさんですが、毎朝会社に向かおうとすると気持ち悪くなり、動悸がするようです」
「寝つきも悪くなっていて、かなり仕事に支障が生じています」
被害者にどのような問題が起きているのかを(もちろん被害者の同意を得て)伝えて、問題を認識してもらいましょう。
ポイントは、「被害の大小に関わらず、被害が出ている事実が問題」ということです。
被害が小さければいいというのではない。
行為者の言動により、被害が生じたという事実。これが問題なのです。
④行為者による報復を防ぎ、継続して行動を観察する。
最後になりますが、行為者に行動を改めてもらうことを指摘して、それで終わりにしてはいけません。
大切なのはフォローアップです。
いじめっ子が先生に注意されて、その後「チクったな!」といじめていた子に報復することがありますよね。
大人も一緒です。パワハラ行為者が、「加害者扱いされたこと」を恨み、被害者への攻撃をエスカレートさせることなんて珍しくありません。
これを会社が注意して防いでいかないと、被害者は「会社に訴えなきゃよかった」と思い、その後は何も言ってくれなくなります。
これを防ぐためにも、行為者との面談の最後にきちんと伝えましょう。
「当面、あなたの行動が改善したかどうかを職場としても注意して見ていく必要があります」
「もし同じような言動が続くなら、そこは現場から私に情報が入るようになります」
こんな感じで伝えて、できれば3~6ヶ月くらいはフォローアップの面談を続けると良いと思います。
職場が気を緩めて観察を怠ると、問題が繰り返される可能性が高いことを肝に銘じておくこと。
また、悪質なパワハラであれば、行動が改善されなかった場合に会社としてどのような処分を検討しているかなどを本人に具体的に伝えましょう。
被害者へのフォローアップ
最後に大切なことは、「事後対応」です。
つまり、被害を受けた社員への説明や再発防止のためのフォローアップ、職場としてのハラスメントを防止するための環境づくりなどがそれにあたります。
丁寧な事後対応を怠ると、被害者をより傷つけるため注意が必要です。
会社が調査を行った結果、ハラスメントの行為があったと会社が認めたのかどうか。
会社がパワハラと認めた場合、会社がどのような方針を立て、ハラスメント行為を行った人にどう対応をしたのか。
加えて、今後、ハラスメント行為が起きないようにどのように対応をしていくつもりなのか。
被害を受けた社員に、誠実に、そして明確に説明しましょう。 この事後対応をおろそかにしてはいけません。
参考までに、これまで実際にあった良くないケースを紹介します。
・会社が行為者を厳重注意したが、被害者には「もう何も心配しなくていいから」「とにかく安心して」「また困ったらいつでも相談してね」と抽象的な報告しかしなかった。被害者は、行為者の反応や、会社がどんな注意をしたのかが知りたくて質問したが、それでも「あなたが心配に思っているようなことはないから」としか言ってもらえず、より不安になり、同時に会社への不信感を募らせた。
・部署異動をさせてもらい安心したが、元の部署では行為者のハラスメントが直っておらず、自分の代わりに後輩が被害に遭っていた。会社からは「注意した」と説明があったものの、行動が改善されていないし、反省している様子が全く見受けられない。被害者は、会社への不信感と共に、自分の代わりに被害に遭う後輩に対する強い罪悪感に苛まれた。
これらのような中途半端で曖昧な対応をとると、被害者は職場に不信感を募らせます。
繰り返しますが、会社が誠実に、被害者に会社としての考えや対応のプロセスを説明すること。
そして、被害者がハラスメントを訴え出たことによる何らかの不利益を被っていないか、どんな気持ちで過ごしているのかなど、対応後も定期的にフォローアップして確認すること。
加えて、行為者側へのフォローアップも忘れずに行い再発防止に努めること。
この事後の対応を大切にしましょう。
ここまで、だいぶ長い記事になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
このブログ記事は、「被害者の訴えを聞いて、会社が調査したところパワハラの事実があったケース」の対応を解説しましたが、実際は様々なケースがあり、現場で対応を行う担当者にとっては頭を悩ませることが本当に多いのだろうと思います。
そのような場合は、担当者だけで抱え込まずに専門家に相談をすることが大切です。
当方でもコンサルティングや社員研修などを日々承っておりますので、いつでもご相談をお待ちしております。(無料相談も行っています!)
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